コペンカレッジ

インタビュー

運営メンバーインタビュー★ムービー担当・ヤギちゃん

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運営メンバーインタビュー★ムービー担当・ヤギちゃん

なかなかしっかり話すことがないコペンの運営メンバー。
実はこんな熱い想いを持って活動しているのです!
ということが少しでも伝わるように
インタビューをしてきました( ´ ▽ ` )ノ


ムービー担当・海外ガールのやぎちゃんです★
「流されているように見えて
一歩一歩夢を叶えてきた奔放Girl!」


********************


お嬢様生活からタイ渡航をして生活が激変。
好き!楽しそう!の好奇心から始まって
やりたいこと、チャレンジしたいことを
悩みながらも夢を叶え続けてきた
やぎちゃんが考える、生き方とは?

内気なお嬢様から、社交家へ


 

東京育ちのやぎちゃん。
中学受験をした先は私立の女子校。
そう、いわゆるお嬢様学校でした。
きっと、そのままお嬢様校にいれば
今頃私たちと一緒におらず、
もしかしたら高層マンションで、
あははうふふと笑っていたかもしれません。
そんなお嬢様路線のやぎちゃんに人生1回目の転機が訪れます。


貨物の仕事に就いているお父さんの関係で、
タイに渡ることになったのです。


日本に残ることもできたけど、
母親が駐在妻というものを1回やってみたかったらしく
家族全員、弟と一緒に親についていきました。
中2の夏からタイに行ったんです。


元々内気で喋るのが苦手。
人前で喋るなんて無理無理!というような性格だったんですよね。
それが、タイの学校に行くことでかなり変わりました。
タイで通った日本人学校は、
日本から引っ越ししてきた子供ばかり。
みんな同じ境遇だから、
引っ越してきた時の気持ちがわかるんですよね。


不安な気持ちでいっぱいだった私に、
転校初日からたくさん話しかけてくれて
本当に仲良くしてくれたんです。
そこからは、もしかしたら人生で
1番楽しい時間だったかもしれません。
授業があっても全く苦痛じゃないし、むしろ毎日学校に行きたい!!と言うくらい。
タイという少し特殊な環境で
帰り道に屋台で買い食いしたり、遊園地に行ったり
毎日が刺激的でした。
日本に戻ったのは中3の終わりですね。
色々と将来のことも考えて、高校受験を機に帰国しました。


制服が可愛くて、かつ家から近いという理由で
必死に勉強して受かった高校では
人間関係がタイとは少し違っていて、
悩んでいた時期がありました。
でもその時先生に勧められた、
かな~~り厳しい創作ダンス部に入部したことで
今でも恋ダンスビデオを撮るくらい
仲良い友達を作ることができので、
入学して良かったと思っています。


中央大学の商学部では、大手企業に
企画書を持ち込んで提案するという実践的な授業もあってか
マーケティングにドはまりしました。
今は主流になっていますが、
お菓子と一緒にメッセージを届けませんか?
という提案をしたことがあったんです。
採用されたかは、実際のところ不明なんですけど
提案した年の冬に、メッセージ欄がついたお菓子が発売されたんですよね。
もしかしたら、私たちのチームが走りだったのかな、なんて。
そこで企画とかマーケティングの面白さを知って、
業界を絞って挑んだ氷河期真っ只中の就活は
大手しか受けなかったのもあって全滅しちゃいました(笑)


絵を描くのも好きだし、手に職をつけようという気持ちから
大学4年の夏からデザインの専門学校を探し始めました。


偶然、師事していたゼミの教授と関わりのある、
マーケティングも学べる日本デザイナー学院に出会い、
企画とデザインを学ぶ道を決意しました。

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デザインの世界で、夢を実現


 

自分が考えたものに対して、デザインを駆使して
「造る」という工程ができる。
そう思ってデザインだけでなく、企画も学ぶ
デザイン学校に入学したやぎちゃん。
創立2年目、後に語り継がれる程の
最強メンバーが揃ったクラスで、
コペンカレッジの校長であるよっぴーと
やぎちゃんは出会いました。


専門学校って、普通は高校を卒業してすぐの子が多いと思うんですけど
その時は大学を卒業してきた私と、
会社を辞めてきたよっぴーともう1人と、3人
20歳半ばがたまたま多くて
18・19歳の高校卒業したての子5人の
計8人のクラスだったんです。
彼女たちからしたら、おばちゃん勢が
たくさんいるよって感じでしょうね(笑)
ただ、私たちは「デザインを学びに来たんだ!!」
という意欲が強かったから
課題に対してもみんな一生懸命だったんです。
私は1つ1つの作品を丁寧に作って提出していましたけど
よっぴーなんか、1つの課題だけで良いのに
やたら大きいし、しかもクオリティの高い作品
2つも3つも提出してくるし(笑)


そんなおばちゃん勢の熱意に引っ張られたのか、
クラス全員が、がむしゃらに活動した2年間でした。
専門学生時代で私にとって1番大きかったのは、
人前で話せるようになったことでした。
プレゼンの機会は山ほどあるし、コンペを行う授業では
リアルにAさん3票、私1票とか票がすぐわかるんですよね。
へこむし、悔しいし、精神的にも鍛えられて成長したと思っています。


2回目の就活は、人生で1回は某夢の国に関わる仕事がしたいと
的を絞って探していました。
大学在学中から某夢の国のトリビアや、パークとしての動き、
人を感動させる技術を実際に見聞きするうちに
本質に惹かれるようになっていたからです。


就職相談室の先生に、某夢の国のスーベニアグッズの
デザイン会社を教えていただき、無事就職することができました。
実は内定までも色々と、会社に対して「あれ?」
と思うことがあったのですが
某夢の国に携われるまたとない機会だったので
修行だと思い、感じた疑問を気づかないふりして入社した会社。


研修期間の3か月でキャラクターのデッサン300枚、
商品企画100案、年賀状100枚等
莫大な量の研修をこなして、
実際に自分が担当したステッカーやポストカードが
形になって販売されたことはとても嬉しかったです。


でも、私がやることは常に失礼だといわれ続け、
人を試すようなやり方をしてくる会社の
そもそものやり方や人間性に疑問を持っている中
忘年会である事件が起こって(笑)
ここまで言われてまで、この会社にいる必要がない
と思い転職することにしました。


転職した先でも、某夢の国の
雑貨デザインの仕事をやらせてもらっていたのですが
仕事として関わることで裏側の
見たくない部分が見えてきてしまったんですよね。
転職して時間に余裕もできたので、
自分の世界を広げようという想いから
始めたウェディング会場での副業で、
師匠となるカメラマンと出会い、
エンドロールの動画制作の仕事を始めたんです。


映像を作ることには元から興味があって、
実際に友達のムービーを作っていたこともありました。
会社員と働く傍ら、土日は結婚式の
エンドロールの仕事を続けていて
パンク寸前になったときに、
カメラマンの師匠やよっぴーからの後押しもあり
フリーランスとして独立することにしました。
純粋に、映像という仕事が楽しくて続けたいと思ったんです。

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好きな人と、好きな仕事ができる場所


 

今まで話に出てこなかったんですけど
実はコペンカレッジには専門学校を卒業したころから
立ち上げメンバーとして携わってたんですよ。
当時も今と同じように、体験授業を開催して、
交流会をやっていました。
立ち上げの頃だったので、正直ほぼボランティア状態でした。
最初は、カリキュラムを作るのにも
時間をかなりかけて一生懸命だったんですけど
活動が始まって1年経つ頃にだんだんと、
コペンはこのままずーっと変わらないのか!?と思うようになってきて。


自分自身も、新卒で入った会社での不安もあったし
ちょうどプライベートもバタバタして余裕がない時で
グチまで言う状態になってしまったんです。
もう、いっそのことすべてリセットしよう!!と思って
新卒の会社を辞めるタイミングで、
コペンの運営メンバーも辞めたいとよっぴーに伝えました。


転機は、知人が開校しているスクールの卒業発表会でした。
よっぴーとも久しぶりに再会し
その時に改めてフリーランスになることを伝えると
「コペンカレッジの交流会においでよ〜」と
よっぴーに誘われました。
その時参加した交流会で、戻ってこないの?戻っておいでよと
よっぴー始め、みんなが言ってくれたんです。
スクールの卒業発表会で初めて出会い
ウェディング業界の話で盛り上がったとはいえ
2回目に会ういくちゃんも、
猛烈なラブコールをしてくれたんですよ。


嬉しい気持ちはあったんですけど
コペン自体が、私がいた昔と全く状況が変化していなかった。
よっぴーがどうしたいのか、全く見えてこなかったから、
いくちゃんも含め3人で1回話し合いの場を設けてもらったんです。


これからどうしていきたいの?
どういうことをやっていくの?
かなり突っ込んだ質問をして、そのビジョンを聞いて
なら、私も自分が好きな分野で手伝いたいと思えたので
私は運営メンバーに戻ることになりました。


昔コペンに関わっていた時は、
どこかよっぴーに勝手に期待していたんですよね。
彼女がやってくれるだろうって。
それは全部が悪いことではないけど、
かなり無責任だったと今は思います。
最近思うのは、よっぴーは代表だけど
元は同級生で、一緒に同じことを吸収してきたんですよね。
だったらよっぴーと同じ目線で物事をみれるのは
コペンの中ではもしかしたら私だけなんじゃないかなって。


私から全体に指示は出したりしないけど、
ここはこういう風にした方が良かったんじゃない?って
下に就くんじゃなくて、
同じような立場でものを言うようにするねって
よっぴーには改めて伝えました。
前はなんでやってくれないの?って思っていたことも
今は、私が気づけなかったんだ、とマインドを変えてからはかなり楽になりました。


最初コペンを辞めた時は、もっとでかくなりたい、
有名になりたいという野心があったけど
今は、1人でとんがってやらなくても
必要とされている場所で、居心地の良い場所で
一緒に夢を叶えていければ良いなって考えに変わってきたんです。
好きな人と、好きな仕事ができれば良いなって。
きっと、自分に余裕ができたんでしょうね。(笑)


今まで、私はずっとやりたいことをやってきました。
その場に流されやすいと言われればそうだけど、
これが運命だと思ったらとことんやるし、
せっかく声をかけてもらえたんだから
まずやってみよう、全力で応えようという性格。
せっかくの出会いに、
敢えて逆らわなくても良いんじゃない?って思います。
でも、その分やると決めたらほんとガツガツやりますよ(笑)


やりたいことをやってきたからこそ、
いつの間にかここに来れたんです。
お嬢様のままだったら今頃
安定した仕事をして結婚もとっくにしていたかもしれない。
でも、その安定以上の価値あるものを
私は今経験していると思います。
自分が思うままに生きるという人生は間違っていなかった、
今なら胸を張ってそれを言えます!

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インタビュー日:2017.2.2

書いた人

コペンカレッジ広報/講師

木下 花呼(花ちゃん)

茨城県出身 3Dプリンターのメディア運営を通して、最前線で活躍している人たちの生の声を、多くの人に届けられるライターという仕事に魅了されて独立する。 今まで5回の転職を経験し、遠回りしながら自分のキャリアを考え続けてきた中で、行動できずに苦しんでいる女性が自分の力で動き出せるスキルを身に付けて欲しいという想いからコペンカレッジの講師としても活動中。 文章1つで印象が変わる。文字を通して様々な考え方や想いを届けるために、広報としても携わっている。

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