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運営メンバーインタビュー★広報・花ちゃん

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運営メンバーインタビュー★広報・花ちゃん

なかなかしっかり話すことがないコペンの運営メンバー。
実はこんな熱い想いを持って活動しているのです!
ということが少しでも伝わるように!
自分で自分をインタビューするわけにはいかないので
今回は代表のよっぴーさんにインタビューしてもらいました( ´ ▽ ` )ノ


ライター、広報担当
超自由印の花ちゃん★
「冷静と情熱の間を行き来しつつ(笑)
常に新世界を模索している、根っからの開拓者!」


********************


もともとは引っ込み思案で、根暗。
人間関係で悩んだことも数知れず。
でも、だからこそ。
新しい世界に出会いたい、もっと自分の世界を広げたい!
面と向かったコミュニケーションは実はすごく苦手。
でも文章の世界なら、向き合えるし、届けられる。
若いながら、数々の試練と修羅場をくぐり抜けてきた花ちゃんが
ようやく辿り着いた、
彼女の人生で大切なキーワードとは?

人見知りガールが、でっかい世界に憧れて。


 

昔から、お兄ちゃん子、お父さん子でした。
年の離れた姉もいて、末っ子として甘やかされて育ちましたね笑
周りは自然がたくさんだったので
バッタやトンボと戯れたり
棒にクモの糸を絡ませて遊んだり、結構野生児でした。
自然の中で育ったというと元気で明るい子みたいですが、
どちらかというと一人でじっと自然を観察している
大人しいタイプだったんですよ!


小学校の時は2年生の時に引っ越しをして
なかなか特定の友達が出来なかったりしたし
中学校の時は地味な卓球部だったし
高校の時はハンドボール部に入ったのですが
先輩とうまくいかなくて1年でやめちゃったりw


今思うと、結構黒歴史がたくさんありますね。
ずっと教室の中でもひっそりしていたタイプだったんですが
中学・高校時代、年の離れた兄や姉、母をずっと見てきて
「なんだかすごく小さいコミュニティで生きてるなぁ」と思っちゃって。
ちょうどその頃、同じタイミングで反抗期がやってきたんです(笑)


中学校の頃はまだ子供だったから
塾の帰り22時くらいまで本屋さんで立ち読みするとか
そんなちっちゃなレベルだったんですけど
高校に入った時にバイトを始めてみたんです。
実は私の通っていた高校、バイト禁止だったんですけど(笑)
回転寿司のバイトしたり
ピザ屋さんのバイトしたり
憧れの巫女さんのバイトしたり…!!
そしたら、バイト先の近くには某T大があったので、大学生の人がいっぱいいて。


これまでの私の行動圏は「チャリ」の世界だけ。
でも、そこにいきなり「車」という選択肢が!
(車社会の地域なので、大学生でもみんな車持ってるんです。)
本当に、リアルに!世界が広がりました!
バイト先の仲間と制服のまま朝日を見に行ったり
海に入ったりバイクにのっけてもらったり
山のぼりしたり。
いや~遊んでましたね(笑)!
年の離れたお兄さんお姉さんに可愛がってもらって
とても楽しい時間を過ごせました。


このバイト熱は大学に入ってますます高まり
多い時は4~5個のバイトを掛け持ちして
月に18万くらい稼いでましたね!
むしろ学校にはほぼ行ってなかったかもww


実は大学でも友達づくりに失敗しちゃったってのもあって。
団体行動は本当に苦手です。
でも、バイトを死ぬほどやったせいかだんだん「行動力」は養われてきて
青春18切符で東京から山口まで一人旅してみたり
1ヶ月間、カナダに海外留学してみたり
ビーチロックビレッヂという
水道も引かれていない山奥のゲストハウスで
4ヶ月、テントで自給自足生活してみたりw


「とにかく、やってみたいなら、やっちゃえ」精神は
この頃、培ったんだと思います。
色々と新しい世界に触れられて
とても楽しかった大学時代でしたが
大学卒業時に大事件が。
就職活動真っ只中、そろそろ3次試験、4次試験という
とっても大事なタイミングで
なんとあの大震災が来てしまったのです。
選考が進んでいた企業から続々と
「今年の採用を見送らせてください。」と通知が届き…。
その時は本当に自分の未来が見えず、ひたすら
家でゴロゴロするしかありませんでした。
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激動の波を乗りこえて得た、新しい扉。


 

もともと就職活動自体も緊張しちゃって、「自分」を全く出すことができなくて。
そのうえ、それに震災が重なり
選考が進んでいた企業からも、次々にお断りの電話が来てしまって。
しばらくは実家で、ただゴロゴロしてたんですが
いよいよ働かなきゃってなった時に
当時バイトしていたゴルフ場のお客さんが
病院の医療事務のパートのお仕事を紹介してくれたんです。
無事に医療事務として社会人になったのですが
実はそこの、みんなから恐れられていたお局様と、
これまた上手くいかなくて…(苦笑)


私、実は大学生までは
比較的「ぽっちゃり」の部類だったんすよ。
でもここで精神的にかなりやられて
胃を壊してしまい、10kgも痩せてしまいました。
ストレスダイエットですね(笑)
さすがに限界がきてその職場は辞めたんですが
(また、あんな人がいたら…)と思うと働くのがとても怖かったんです。
約1年くらい休養して、そろそろイケるかな…?と思えたので
就職活動を開始しました。
その時、ITベンチャーの会社が人を探してるってのをたまたま見つけて
SNSやブログを見ていたらその会社が、なんか楽しそうで。
だって「台風だけど、会社で仕事してまーす!」っていう
超笑顔の投稿があったりして、なんか面白いじゃないですか!
そんなパワフルな人のそばで働いたら楽しそうだなと思ったし、
なにせ、社長がイケメンだったので面接を受けることにしたんです(笑)


面接まではずっと不安でしたがなんとかクリアし、入社が決定!!
最初は某大手通信企業の本社への業務委託で
電波の監視・サポート業務をやっていました。
派遣先の周りの人はみんないい人で優しくしてくれて
社内の人からも
「木下さんのおかげで、先方とも上手くいってるよ」と言ってもらえたりして
「自分で開拓して仲良くなってる感」が、とても楽しかったです。
でも半年後くらいに
その会社に、自社内で育てるWEBデザイナーが入社することになって。
私は会社が好きだったんで
「だったら、私も派遣じゃなくて、社内にいたい!」って直談判したんです(笑)
そしたら、その意見が通って私は社内に戻り
3Dプリンタメディアの運営を始めました。


でも、メディアで売上を立てる方法が全く分からず
試行錯誤を繰り返し、売上を立てている人の話を聞きに行ったり
事務所に泊まり込むほど夢中になったのですが、なかなか上手くいかなくて。
なのでメディアを書くだけじゃなくて
自分で他の業務の営業いったり、企画を出したり、イベントしたりしましたが
結局、自分で大きな売上を上げることがはできませんでした。
本当に大変でしんどかった記憶しかないですが
逆に「これだけ何でもやったんだから、一人でもやれるんじゃないか!?」
という自信がついたので、転職を決意しました。


ただ、何をやろうとはまだ決まっていなかったので
「何をやるにもお金は大事だから、経理になって勉強しよう」
と思って次の会社では「経理」の仕事に就きました。
「経理」はあくまで、途中経過。
根拠はなかったんですが
「次の誕生日に、私は辞めます!」と宣言しちゃってました(笑)。
とにかく「何か動かなきゃ!」っていう想いがあって、
コーヒーミーティングというサービスを活用して
面白そうだな、と思った人とはどんどん会うようにしていました。
そんな中、そこで出会った方に
のちの「師匠」を紹介してもらったんです。
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ことば、の力。


 

これから先、一人で生きて行く。
そう想像したとき、
心に浮かんだのが「ライター」という仕事でした。
実は、母が読み聞かせの仕事をずっとやっていて
文章にはとても慣れ親しんでいて
子供の頃から毎週図書館で本を借りては読んでいたんです。


子供の頃は絵本や小説といったものを好んで読んでいましたが
中学生の時、塾の先生から新聞の書評欄を読んで
要約して感想を書く、という課題を出されてそれを毎日やっていて。
それから固い文章も、楽しいなって思うようになりました。
当時は新聞記者に憧れた時期もあったんですよ。
文章にも携われるし
色んな所に取材に行けて、楽しそうじゃないですか!
高橋歩さんという方の本も、塾の帰りの本屋さんで夢中になって読んでましたね。
ただ、大学に進む時はそういう文章系じゃなくて
「メディアコミュニケーション学科」という所を選びました。
当時、ある映画を見て私、大号泣して
それで気持ちがすっっっごく楽になったんです。
しかも、涙を流すとストレスがなくなるのは、
単純に気分の問題じゃなくて
化学的にも正しいという事を知ってそれにも感動して。


人間関係や団体行動が苦手で
特に人を笑わせることは苦手だけど
だったら、私は、こういうメディアを通して
人を泣かせて、癒す人になりたいなって。


でもね、実際に大学に入ってみると
ああいう映像系の学校って、…ね!(苦笑)
センスをいかに競うか、みたいな俺が私が!みたいな、
いい意味で自己主張の激しい人が多くて
私は基本チキンだったんでなかなかそういう授業を受けれなくて…。
(そしてバイトに精を出す毎日)


結局、文章も映像も、本格的に学ぶということはなく普通に就職しちゃったんですが
ITベンチャーの会社に入ったときに
3Dプリンタのメディアを担当させてもらえる事になり
そこで本格的に「文章」にもう一度向き合う事ができました。
そのきっかけは、あるインタビュー記事のお仕事。
ある日取材させてもらった、
ある某大手印刷会社Rの社員さんが
「今のままでは日本の技術は淘汰される。
世界に勝てる技術を育てなきゃ!」と、熱く語ってくれて。
その人、本当の本当に本気なんです。
社長でも、役員でもない普通の一社員の人が
本気で世界を見てるなんて!
と、とっても感動して、その紹介記事にもすごく熱が入ったんですよね。
そしたら私が書き上げた文章に先方の人も感動してくれたんです。
相手は、全国規模の大きい会社で
こっちは社員数名のベンチャー企業なのに
わざわざ記事のリンクを貼って紹介してくれたんですよ!
自分で生み出したモノが初めて認められた気がしてすっごく嬉しかったんです。


しかも、文章って、遠く離れた人、
もっと大勢の人に、自分の考えを伝えることができる。
それって、すごい事だな、と思って。


だから、一人で生きて行くとなった時「ライター」という職業が浮かんで
業界で有名な女性ライターHさんの
ライター講座を受けようとしていたんです。


そんな時、コーヒーミーティングで知り合った方が
もっと濃い・実用的なライター講座をやろうとしている人がいるから
その人から習ったほうが力つくよ!と
私の今のライターの師匠を紹介してくれました。


師匠は「スキ」と「欲しい」の文章の違いを教えてくれたんですが
そんな事考えたこともなかったんでそれから広告を良く見るようになり
文章への見方が全然変わりました!
それに遅刻ぐせがあったり
提出期限が守れなかったりする
私の悪い癖をずっと根気強く注意してくれて
コピーの能力だけでなく、マインドもすごく鍛えてくれました。


それが今の私の力になっているし
本当に色々と学ぶことができました。とても感謝しています。
そして、師匠を紹介してくれた方がよっぴーさんとも繋げてくれたんです。
よっぴーさんとの出会いは、
これまで私が触れてこなかった
まさに異世界との出会いでした(笑)。
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こうやって、関わっていけばいいんだ。


 

よっぴーさんと最初に待ち合わせしたカフェが
今まで入ったことないようなオシャレなカフェで。
(※ちなみに、新宿のロクシタンカフェでした)
今までどちらかというと
職人気質というか技術者畑で育ってきたんで
「こんなオシャレな場所で待ち合わせ!?」と
びっくりして(笑)とにかく、そのカフェの印象が一番残ってますw


最初のよっぴーさんの印象は
とにかくずっと笑っててただただ楽しそうで。
物腰柔らかだし
話を一生懸命聞いてくれる感じで
なんだかこの人いいなーって思いました。
それでコペンカレッジをとりあえずできる範囲でお手伝いする事になり、
3Dプリンターに関わっていたという話をしたら
「じゃあ3Dプリンターの講座やってみなよ!」と言われて
とにかくやってみる事になりました。


実は以前にもワードプレスの講師をした経験があったんですが
WEBは本職じゃないので、
つっこんだ事を聞かれると答えられなかったりして正直、いい思い出なかったんです。
3Dプリンターの講座をコペンでやった時も
実際にムトーさんの3Dプリンターを
自力で(!)会場までわざわざ運んだにも関わらず
当日、なんとムトーさんがうまく動かず
肝心の3Dプリンターが出来なくて「失敗したーーー!!!」って。
でも生徒さんはそれでも
意外と「3Dのデザイン楽しかった!」と満足してくれて。
ただ教えるだけの講座じゃなくて
制作物がぽんと形になるのは楽しいですし
(リベンジした次のセミナーでは、きちんと実物を渡せました!)
こんなに喜んでくれるんだ!というのは発見でした。
でも、コペンカレッジに関わりはじめた当初は
やっぱり「自分はデザイナーじゃないし」という
負い目みたいなものがあって。
クリエイティブな事をしているという実感が自分の中には特になくて
あんまり積極的になれませんでした。


なんとなくキラキラしたデザイナーと実直な技術者畑のものづくりって
世界が違う気がして。
でも、よっぴーさんにその話をしたら
「コペンカレッジは今後、デザインスクールじゃなくてクリエイタースクールとして
何かを生み出す力を育てる学校にしたいんだ。
だからデザインできないからって気にしなくていいんだよ!」
と言ってもらえて。
それで、ちょっともやもやしてたのが少し吹っ切れました。


そのあと、「広報」という立場にさせてもらったり
企業からの仕事をとってきてコペンと企業の間を繋いだりと
少しずつ、立場が変わっていって。
今まで、「いてもいなくても変わんないかも」と思っていたのが
「こうやって関わっていけばいいんだ」と
少しずつ自分の役割が見えてデザイナー、という言葉に拘らなくなりました。


これからコペンカレッジで
何をやっていきたいか、と言われると
それはまだ模索中なんですけどw


でも私はやっぱり「人」に関わる何かをしてるのが
一番楽しいなっていう想いは変わらなくて。
逆にそういう仕事じゃないとテンション上がんないんですよねw
だから「人」へのインタビュー記事の仕事や、
コペンと企業の「人」をうまく繋いだり、仲を取り持ったりっていう仕事は
今後も続けていきたいなって思います。


あとはやはり自分の中で大きかった、職場で辛い経験があるので
そんな人を助けられるように、会社内部の採用や教育を変えていける活動を
していけたらと思っています。
まだまだこれから先のことは今考えている途中なんですが
少しずつ成長して最終的には、社長として活動していきたいですね!
20170922-interview-hana

インタビュー日:2017.2.16

書いた人

コペンカレッジ広報/講師

木下 花呼(花ちゃん)

茨城県出身 3Dプリンターのメディア運営を通して、最前線で活躍している人たちの生の声を、多くの人に届けられるライターという仕事に魅了されて独立する。 今まで5回の転職を経験し、遠回りしながら自分のキャリアを考え続けてきた中で、行動できずに苦しんでいる女性が自分の力で動き出せるスキルを身に付けて欲しいという想いからコペンカレッジの講師としても活動中。 文章1つで印象が変わる。文字を通して様々な考え方や想いを届けるために、広報としても携わっている。

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